遠州伝説 「悉平太郎物語」
第三幕
(うめの家)

昨夜の騒ぎはどこへやら。今朝は何事もなかったような爽やかさ。大役を果たした悉平太郎と弁存和尚は、うめの家で別れを告げようとしている。

弁存

「おうおう、悉平太郎。よくやった。わしの思った通りであった。」
悉平太郎 「はい、中々手ごわかったですが、ワン、ワン」
うめ 「悉平太郎、ありがとう。お坊様、ありがとうございました。お陰で私も生贄にならず済みました。」
「本当にありがとうごぜぇました。」
「うめを助けていただきありがとうございました。」
弁存 「化け物め、天神様の名をかりて長い間見付の人々を苦しめるとは、何という悪魔じゃだかのう。見付の衆よ。これからは心配は要らぬ。人身御供などという愚かな事は金輪際おやめなされ。いいな。」
村人 「はい。そういたします。ありがとうごぜぇました。」
弁存 「のう、皆の衆。若い衆は宝じゃ。これからは、五穀豊穣、皆の健康を祈って祭りを行って下されや。さて、悉平太郎ご苦労であった。心配していたが無事で何よりじゃったのう。」(頭を撫でる)
悉平太郎 「ワン、ワン。ハイ、ハイ・・・。」
弁存 「おうめさん、そして親御さん。さぞかし心配されたであろうに。よかったのう。」
うめ 「お坊様、ありがとうございました。こうして私が皆様とご一緒に爽やかな朝を迎えられたのもお二人のお陰でございます。」
「もう、娘は無きものと思い、身を切られる思いでした。ふんとに、ありがとうごぜいました。」
「一緒に逃げようと、何度思った事でしょうか。ただただ、有難うと言う言葉しか見あたりません。」
弁存 「いやいや、苦しんでいる人がいれば、共に良き方法を考えるのが人のつとめじゃからのう。さてと、わしらの用は済んでしもうた。悉平太郎、お前のふる里、信州駒ヶ根へ帰るとするかのう。」
悉平太郎 「ワンワン。そうしましょう。ハイ。」
弁存 「よしよし、よし。」
うめ 「そんな、お坊様、お急ぎにならないで。悉平太郎と一緒に暫く見付の町でお休み下さい。」
「そうじゃ、そうじゃ。そうして下され。」
「そうして下され。お坊様。悉平太郎も疲れている事でしょうから。」
弁存 「いやいや、用が済んだからには、一刻も早く悉平太郎を光前寺へ送り届けねばならん。なぁ、太郎。いざ出発だ。」
悉平太郎 「ワンワン、ワンワン。」
うめ 「さようでございますか。悉平太郎に疲れをとって頂きたかったのに残念です。では、お坊様、それでは、私の作った粟餅をお土産にお持ち下さい。これは、粟で作ったお餅。見付の名物でございます。」
弁存 「おうおう、それはかたじけない。名物の粟餅ですか。遠慮なく頂くことにするか。」
うめ 「どうぞ、お持ち下さいませ。」
弁存 「それでは、出掛けるとするか。悉平太郎、行くぞ。それでは御免。」
全員 「ありがとうございました。ありがとうございました。」
  (見送る)
うめ 「悉平太郎、ありがとう。いつまでも元気で、元気でね。」
悉平太郎 「ワンワン、さようなら。」
うめ 「太郎、さようなら。坊様、ありがとうございました。太郎、お前の事はいつまでも忘れないでしょう。いいえ、この里に人の住む限りきっときっと後の世に伝えて参ります。」
 

(花道で)
『語り』 大役を終え、見付の人々に別れを告げた弁存と悉平太郎は、信濃の国へ旅立った。ヒヒと闘ったとは思えぬほど、元気に悉平太郎は弁存の後になり先になり、光前寺に向かった。帰る道については色々な説があるが、ここ見付に於ては、悉平太郎の功績を称え、つつじ公園に銅像を立て、今直広く言い伝えられています。
 
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