遠州伝説 「悉平太郎物語」
第ニ幕

 あわれや、白木の箱は村の衆に担がれ、天神様の境内に置かれた。
夜はしだいに更けて行く。やがて真夜中。草木も眠る夜中の頃、朽ちた社の縁の下、目に写る闇を和が夜の物の怪が・・・。
(老ヒヒ、辺りの様子を見ながら上手より舞台中央に白木の箱)

ヒヒ

「娘はいるか。人くさいか、人くさいか。悉平太郎はいないな。来ていないな。きっといないな、来ていないな。」

「悉平太郎はいないな。わしよりぐーんと力の強い、悉平太郎は来ていないな(辺りを見回して)。よーし、よしよし。今年もいよいよ、うまい娘ッ子が食えるぞ。ウヒヒ・・・。
バカな人間共め。天神様が娘ッ子を食うなんて出来っこないずら。ちゃんちゃらおかしいよ。
それ、前祝いじゃ。怪物踊りでも躍らすか。
えんやさえんやさ、えんやさもんやっさ。
信州信濃の悉平太郎にこのことを知らすまい。
えんやさえんやさ、えんやさもんやっさ。
ウヒヒ・・・。
どうれ、それではぼちぼちご馳走になろうか。この箱の中か。今年はどんな可愛い娘ッ子がいるかな。
ウヒヒ・・・。」

(ヒヒ、箱に手をかけると同時、悉平太郎、箱より飛び出す。)
悉平太郎 「ワン、ワンワン、このやろう」
ヒヒ 「何だ、お前は・・・。」
悉平太郎 「信州信濃の悉平太郎見参」
ヒヒ 「ヒャーッ。出たー。悉平太郎が出た、わしの一番きらいな悉平太郎が出た。」
悉平太郎 「人間をだまし、夜の中を乱すものは唯でおくものか。」
ヒヒ 「何とこしゃくな。いくら強いと言ったって、たかが犬だ。お前なんかに負けてたまるか。
悉平太郎 「何を強がりを言ってるだ。そのへっぴり腰が・・・。
ヒヒ 「へっぴり腰だと。」
悉平太郎 「さぁ、かかって来い。悉平太郎様の強いところを見せてやる。町の衆をだまして、可愛い娘を食べるなんて、動物様の風上にもおけぬ奴。」
ヒヒ 「風上だか風下だか知らん。娘ッ子が入ってるとばっかり思ってたが、騙したのはお前の方だ。」
悉平太郎 「つべこべ言うな。何年も何年も町の衆を騙してきたのはお前の方だ。
神様にかこつけて人をたぶらかすのは談じて許せん。さぁ、行くぞ。こ うしてくれる・・・。
ヒヒ 「何のこれしき。俺様の邪魔しに来た奴なんて・・・。どうだ。」
悉平太郎 「何の何のこれしき。このへなちょこめ」
ヒヒ 「このやろう。何の小癪な。おっとっとっと。」
悉平太郎 「お前なんかに神様面されてたまるかぇい。」
ヒヒ 「今度はどうだ。参ったか。」
悉平太郎 「こんなことぐらいで参る悉平太郎様じゃぁないわ。さぁて、一発噛みつくぞ。」・・・ガブリ
ヒヒ 「痛い、痛い。あっちこっちくっつくな。」
悉平太郎 「へへ・・・、参ったか、どうだ、ざまぁみろ。」
ヒヒ 「参った、参った。降参だ。」
悉平太郎 「どうだ、ヒヒめ。やったぜ。」
(悉平太郎、ヒヒにまたがって万歳で幕)
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